『冬の小鳥』から6年、
あの鮮烈なデビュー作を超えた、もう一つの人生。
母と娘の運命的な再会を描く、待望の長編第二作。
自身の子供時代をもとに書いた『冬の小鳥』の脚本が、巨匠イ・チャンドンの心を射止め、
製作も担当してもらうという幸運な監督デビューを果たしたルコントは再び、実の親に捨てられた体験から、
待望の2作目を完成させた。本作では、夫も息子もいる自立した女性を主人公に据え、
30年の歳月を経て見えない糸に導かれるようにめぐり逢う母と娘を描く。
待ち望んでいた母との出会い、突然知る人生の真実。
映画は彼女たちの揺れ動く思いにそっとよりそい、見つめ、向き合う。
そして、エリザとアネットがそれぞれに毅然と歩み始める新しい人生。
その強い意志にこそ、監督自身の姿が重なって見える。
見えない糸を手繰り寄せるように近づく母と娘。
本作の見どころの一つは、互いに母娘と認識していないアネットとエリザが、理学療法という肌が触れ合う行為を通し、
いつしか心を通わせ、互いを認知し、それが確信へと変わっていく過程を、繊細に描き出していく映画的表現だ。
密やかな肌の密着によって呼び覚まされていく感覚。
それは、観る者の感性をも呼び覚まし、感情を揺さぶられずにはいられない。
また、エリザの出生の秘密の鍵となる息子ノエの存在も重要だ。
アネットは学校で見かけたノエの容貌に、なぜか親近感を抱き、優しいまなざしを向ける。
偶然の出来事をきっかけに見えない糸に手繰り寄せらせるように近づいていく彼ら。
血のつながりの深さや不思議さに胸を締め付けられるも、
それぞれの新しい人生を予感させるラストシーンがいつまでも心に残る。
あなたが狂おしいほどに愛されることを、私は願っている。
愛の詩が残す深い余韻。
本作の原題は「あなたが狂おしいほどに愛されることを、わたしは願っている」※。
作家アンドレ・ブルトンが著書「狂気の愛」の最終章で、娘に宛てて書いた手紙の最後の一行。
この章には娘の誕生を心から喜び、その幸せを願わずにはいられない親の心情が切々と綴られている。
ルコント監督自身が自分に向けられた言葉として大切にしてきた文章だ。
その一節が朗読されるラストは、生命の誕生への祝福と不変の愛を謳い上げ、深い余韻を残す。
※海老坂武訳「狂気の愛」(光文社古典新訳文庫より)