イントロダクション
映画史に燦然と輝く総合芸術の頂点が、今再び私たちの前にその姿を現す。
時は、1911年。今年から遡ること ちょうど100年。ベニスのリド島に優雅に佇むオテル・デ・バン。まだ仄暗い海原をスクリーンが映し出し、マーラーの「アダージェット」の甘美な旋律が流れる中、静養に向かう老作曲家を乗せた蒸気船が静かに進んで行く……。絵画のようでもある魅惑的な美しさを湛えたこの幕開けは、その瞬間に100年の時を超え、耽美的で官能的、唯一無二のヴィスコンティの世界へと観る者を誘う。
巨匠ルキーノ・ヴィスコンティの名作の中でも、『山猫』(63)と並んで屈指の完成度を誇る傑作がこの『ベニスに死す』(71)だ。
『ベニスに死す』は、日本では遅れていたヴィスコンティの評価を不動のものとしただけでなく、最も愛されるヴィスコンティ作品となった。そして製作40周年を迎える今年、待ち望まれていたニュープリント版での上映が決定した。これは、恐らく映画史上最も甘美で残酷な瞬間と言える圧巻のラストシーンや、見事な音楽と映像の融合を思う存分堪能する絶好の機会だ。
原作はノーベル文学賞に輝くドイツの文豪トーマス・マン(1875~1955)の同名小説。主人公のモデルは、ロマン派の大作曲家グスタフ・マーラー(1860~1911)。主題曲に使用されたその「交響曲第5番嬰ハ短調~第4楽章(アダージェット)」の旋律は、百を語るより雄弁に主人公の苦悩と歓喜、恍惚と絶望を謳い上げている。マーラーはこの作品の公開後に世界的ブームとなり、生誕150年、没後100年を迎える今年2011年も多くの演奏会、CD、映画等で注目を集め、その人気は衰えることがない。
見事にアシェンバッハを演じたのは名優ダーク・ボガード。そのアシェンバッハを虜にするタジオには、当時15歳のビョルン・アンドレセン。原作の「ギリシャ芸術最盛期の彫刻作品を思わせる」金髪碧眼の少年を求め、ヴィスコンティ自らヨーロッパ中を旅して発見したスウェーデン人の新人だ。その完璧なまでの美しさは、今も伝説として語り継がれている。