INTRODUCTION

世界各地の映画祭を席巻し、台湾映画史上初の快挙を続ける傑作アニメーション。
歴史も文化も異なる観客が「これは自分たちの物語」と絶賛。
台北郊外に実在する通り「幸福路こうふくろ」を舞台に、主人公チーと下町に生きる人々の姿を、素朴で温かみのあるタッチと技巧を凝らしたファンタジックな映像を交えて描いた『幸福路こうふくろのチー』。アニメーション産業不毛の地、台湾から突如生まれたこの作品は、東京アニメアワードフェスティバル2018でグランプリを受賞後、各地の国際映画祭で受賞を重ね、ついには2019年アカデミー賞®長編アニメーションの25作品にエントリーされるなど話題を呼んできた。

実写映画のキャリアを持つソン・シンイン監督は、この半自伝的な物語を映画化するにあたり、成長にともなう残酷さや痛さを温かみのあるノスタルジーに変換するため、経験のなかったアニメーションという手法を選択。独力で資金集めに奔走し、ついには自らアニメーションスタジオを設立した。幾度の危機を乗り越え、4年の制作期間を経て完成した『幸福路のチー』は、そのクオリティの高さとストーリーテリングの豊かさで、日本のアニメーターやアニメファンを驚かせ、世界中の異なる文化を持つ観客から「自分たちの物語」だと絶賛されている。

激動の時代を生きた少女チーを通して、誰もがあの日の自分に出会う――。  
アメリカに暮らすチーは祖母が亡くなった知らせを受け、長らく疎遠にしていた故郷、幸福路に帰ってくる。記憶にあるのとはすっかり変わってしまった景色を前に、チーは人生、そして家族の意味を考え始める。子どもの頃の懐かしい思い出、老いていく親、大人になった自分。「あの日思い描いた未来に、私は今、立てている?」。実は人生の大きな岐路に立っていたチーは、幸福路である決断をする――

本作は、1975年生まれのひとりの女性の半生を追う。無邪気な少女時代、親の期待に応えることが至上命題だった学生時代、理想とは違う社会、友人との別れ、そして新しい出会い―。その背景には、台湾語禁止の学校教育、少数民族である祖母との関係、学生運動、台湾大地震など、戒厳令の解除を経て民主化へと向かう現代台湾の大きなうねりがある。人生の分岐点で誰もが経験する感情をチーの人生で追体験することで、観るものは圧倒的なノスタルジーと共感に温かく心を満たされることだろう。

実現不可能と思われた奇跡のキャスティングと、歌姫による主題歌。
大人になったチーのボイスキャストを務めたのは、デビュー作『藍色夏恋』(03)以降、日本での人気も高い女優グイ・ルンメイ。本作の元になった12分の短編アニメーション『幸福路上』(13)のファンでもあったルンメイは、仕事先のパリに送られてきた長編の脚本を読んで涙し、出演を快諾した。彼女のようなスターがこの規模の作品の出演を引き受けるのは異例のことだったが、さらなるスターの参加が決まる。それは台湾を代表する歌姫ジョリン・ツァイ。ソン監督がジョリンに歌って欲しいと言ったとき、スタッフの誰もが実現不可能だと思った。だが、幸福路近くの出身だったジョリンは、チーと自分の人生を重ね合わせ、映画のテーマソングを歌うことを即決。エンドロールで流れる「幸福路上/On Happiness Road」は映画の世界観を象徴するものとなっている。

STORY

アメリカで暮らすチーの元に、台湾の祖母が亡くなったと連絡が入る。久しぶりに帰ってきた故郷、台北郊外の幸福路は記憶とはずいぶん違っている。運河は整備され、遠くには高層ビルが立ち並ぶ。同級生に出会っても、相手はチーのことが分からない。自分はそんなに変わってしまったのか――。チーは自分の記憶をたどりはじめる。

空想好きだった幼い頃は、毎日が冒険だった。金髪に青い目のチャン・ベティと親友になってからの日々、両親の期待を背負っての受験勉強。学生運動に明け暮れ、大学卒業後は記者として忙殺される毎日を送った。そして友との別れ。現実に疲れたチーは、従兄のウェンを頼ってアメリカに渡る。そこで出会ったトニーと結婚し、両親にもアメリカで幸せになることを誓ったけれど……。今、夫から離れて幸福路のいるチーは、昔と同じように祖母の助けを必要としている。

実は人生の大きな岐路に立っていたチーは、幸福路である決断をする――

DIRECTOR

監督・脚本:ソン・シンイン
Director, Screenplay SUNG Hsin-Yin
1974年台北生まれ。京都大学で映画理論を学んだ後、コロンビア・カレッジ・シカゴで映画修士号を取得。映画監督になる前には、新聞記者、TVドラマの脚本家、写真家、そして2年間の京大留学時にはカラオケ店の店員など、さまざまな職業を経験。新聞記者時代にカンヌ国際映画祭の取材をしたこともある。
監督としては、短編実写映画「The Red Shoes」(09)「Single Waltz」(10)を制作。これらは多くの国際映画祭で上映された。そして2013年に制作した自身初のアニメーション作品、12分の短編「幸福路上」は、第15回台北電影節の台北電影奨で最優秀アニメーション賞を受賞。この短編を基に4年の歳月をかけて長編アニメーション『幸福路のチー』を完成させる。劇中の教師役のボイスキャストは監督自身が担当している。
現在、初の実写長編となる「Love is a bitch」を制作中。なお、京都滞在時の体験をもとにした短編小説集「京都寂寞 Alone in Kyoto.」を2015年に刊行。日本でも本年翻訳版が出版される(早川書房より2019年秋予定)。

CAST

グイ・ルンメイ(大人になったチー)
GWEI Lun-Mei as Chi
1983年台北生まれ。台湾映画界を代表する女優。イー・ツーイェン監督にスカウトされ、『藍色夏恋』(02)で映画界にデビュー。その後、淡江大学在学中にフランス留学を経験。英語も堪能で、現在シャネルのアンバサダーを務めている。主な出演作は、カンヌ国際映画祭ある視点部門に出品されたチョン・モンホン監督『停車』(08/F)、ジェイ・チョウが監督・主演した『言えない秘密』(07)、2010年のシュエ・シャオルー監督『海洋天堂』ではルンメイが歌う主題歌も話題となった。他に、ダンテ・ラム監督『密告・者』(10)、シアオ・ヤーチュアン監督、ホウ・シャオシェン製作総指揮の『台北カフェ・ストーリー』(10)、キン・フーの傑作のひとつをツイ・ハーク監督がリメイクした、ジェット・リー主演『ドラゴンゲート 空飛ぶ剣と幻の秘宝』(11)、ヤン・ヤーチェ監督『GF*BF』(12)などがある。台湾の民主化運動に参加する女子学生を演じたこの『GF*BF』で、第49回金馬奨の最優秀主演女優賞、第55回アジア太平洋映画祭の最優秀女優賞を受賞した。また、第64回ベルリン国際映画祭で金熊賞と銀熊賞(主演男優賞)の2冠に輝いた中国発のノワール・サスペンス、ディアオ・イーナン監督『薄氷の殺人』(14)では、圧倒的な存在感と新しい魅力をみせた。
ウェイ・ダーション(ウェン)
WEI Te-Sheng as Wen
1968年生まれ。映画監督。エドワード・ヤンの助監督、チェン・クォフーのアシスタントを経て発表した、監督デビュー作「About July」(99)は批評家に絶賛され、第18回バンクーバー国際映画祭でドラゴン&タイガー賞を受賞。そして2008年の『海角七号 君想う、国境の南 』は、台湾映画史上最大のヒットを記録するなど社会現象となり、第45回台湾金馬奨で主要6部門を制覇した。この成功により、かねてより切望していた霧社事件の映画化が実現する。完成した4時間36分に及ぶ歴史超大作『セデック・バレ』(11)は、第48回台湾金馬奨にて最多11部門にノミネートされ最優秀作品賞を受賞した。他に、製作・脚本を担当したマー・ジーシアン監督『KANO~1931 海の向こうの甲子園~』(14)、6年ぶりに監督したミュージカルロマンス『52Hzのラヴソング』 (17)等がある。
リャオ・ホイヂェン (チーの母)
LIAO Hui-Jen as Chi's mother
もともとテレビ業界のマネージャーだったところを『熱帯魚』のチェン・ユーシュン監督に見いだされ、演技経験皆無だったにもかかわらず、彼の監督第2作『ラブ ゴーゴー』(97)で映画初出演にして、第34回金馬奨最優秀助演女優賞を獲得。“おデブキャラ”を確立した後もコンスタントに映画やドラマに出演しており、チェン監督3作品目の『祝宴!シェフ』(13)では料理コンテストの司会者役で登場。
『』…日本劇場公開 「」…日本未公開 『』(F)…映画祭・特別上映